My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

多摩川クラシコ / 等々力陸上競技場

10月31日の土曜日、冷気を持ち始めた風が上空のほこりを吹き払って青い空がくっきりと現れた秋晴れの日、朝から京王線多摩川を渡り、下車したのは京王よみうりランド駅。さらにロープウェイに乗り換え、午前の遊園地を見下ろしながら丘を越え、よみうりランドの入口前に降り立った。前日に巨人がセ・リーグの優勝を決めたので、ジャイアンツグッズを身につけていれば無料で入場できるらしい。しかし、この日向かった先は、よみうりランドに併設された子供のための屋内遊び場「キドキド」である。シングルファザー状態となり5才と2才の二人の女の子の子育てに奮闘している友人Yに頼まれて、この6月以降、月に数回の頻度で子供たちの遊び相手をしているのだ。大体において、他人の家族の話ほど退屈なものはないが、退職後はコロナ禍の転職活動に奮闘していた僕としては、困っている友人の役に立てる機会はありがたいものでもあり、互いのニーズが奇妙に一致したのだった。今ではサン=テグジュペリの美しい物語に出てくる仏単語「アプリボワゼ」をあてがっても差し支えあるまいと思える程度に、子供たちともすっかりなじみになった。通常は家で遊んだり近所に夕食に出かけることが多いが、この日はキドキドに現地集合だった。

Yと子供たちと合流し、入場料を払ってもらい早速キドキドの中に入る。キドキドは玩具メーカーのボーネルンドが運営する施設で、ボールプールやちょっとしたアスレチック、トランポリン、おままごとコーナーなどが階高の高い空間に配されていて、外周部のフルハイトのガラス窓からはすぐ近くに観覧車が顔を見せている。天気が良すぎて外の遊園地に行っている人が多いのか、キドキドは通常に比べてかなり空いていたらしい。子供たちはすぐさまボールプールに飛び込み、飽きもせずに遊び続けていた。

キドキドはことさら作品としての建築ではないが、デザイン的観点からいくつか面白く感じる要素もあった。まずは遊具のデザイン。ボーネルンドの運営だけあって、アスレチックやミニ乗り物などの丸みをおびた手触り滑らかな木材の遊具や、適度な反発のマットのミニ陸上トラックは、子供の身体的また精神的な柔らかさに対して丁寧にあつらえられている。それから、おままごとコーナーに置かれた絵本の数々。プロットは規律が整っていて、選ばれた言葉は正確無比、もちろん作画はそれぞれ特徴的で時に大胆な色彩もあり、話の筋に直接関係のないディテールの描き込みも豊かだ。もっとも、Yの二人の子供たちは、僕が接している限りではあまり絵本に関心を示していないけれど。

ビンゴ大会が15時頃に始まったところで、僕は次の用事のためキドキドを出発。帰りのロープウェイであらためて窓からの景色を観察すると、遠く富士山から丹沢や秩父の山系、多摩川と丘陵、東京西郊の街並み、味の素スタジアム京王閣競輪場が視界におさまり、そうしたら広域的な自然や都市環境の中によみうりランドの遊園地や野球場が位置しているのがよくわかる。遊園地というといつも、青木淳さんの『原っぱと遊園地』の中の、ディズニーランドなどのテーマパークとパリの街中によく置かれているメリーゴーランドを比較した一節を思い出す。今手元に原文がないが、「一方に実相から遠ざけ単一の相に追い込む遊園地があり、もう一方に都市が異なる相の綾織りであるという実感をいっそう強める遊園地がある」といった表現だったと記憶している。よみうりランドのロープウェイについては、図らずも後者に属する装置として体験できた気がした。

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JR南武線に乗り換え、方角的には多摩川と並行して下流に移動して次に向かったのは、川崎市等々力陸上競技場。九州の高校時代の友人のJとNに誘われ、Jリーグの川崎フロンターレ対FC東京の試合観戦に行くのだった。今年のフロンターレはJリーグ史上最強の呼び声も高い圧倒的な強さで首位を独走中で、披露しているサッカーの内容も見事。しかもこの日は(先ほど味の素スタジアムの名前も出したが)FC東京とのダービー、いわゆる多摩川クラシコ、さらにフロンターレどころか日本サッカーのレジェンドである中村憲剛の40才の誕生日のバースデーマッチでもある、注目の試合だ。僕は等々力で試合を見たことがなく、コロナでの中断ののち再開されたことだし見に行きたいねとJと話していたのだった。

武蔵中原駅で降り、水色のユニフォームやタオルマフラーを着込んだサポーターの流れに沿って中原街道を歩いてスタジアムに向かう。この街道は以前も歩いたことがあるが、由緒ある門構えが点在していたりと、地元の歴史や日常生活の気配漂う街並みを通り抜けてスタジアムにアプローチする経験は、茫漠とした土地に忽然と巨大なスタジアムがそびえる埼玉スタジアム浦和レッズ)や日産スタジアム横浜F・マリノス)や味スタ(FC東京)と比べて個人的に高感度高し。中原街道を左に折れてしばらく進み、小杉神社の脇を抜けると敷地に入る。場内での観客同士のソーシャルディスタンス確保のためチケット販売数は全客席の半分以下のはずだが、屋台の人出や公園で遊ぶ子供たちでよく賑わっている。キックオフに向けて徐々に日が暮れていくという自然の演出もいいものだ。

等々力陸上競技場の建築も見どころがある。メインスタンドは2015年に日本設計・大成建設の設計によって改修された。コンコースや階段、木調の軒裏の水平方向の面要素が強調された軽快なデザインで、周囲の公園に圧迫感を与えないように心が配られている。書いてしまえば簡単だが、意外にこのようなスタジアムは少ない。先に入場して、指定の南ゴール裏立見席に向かうと、座席やサポーターの水色が鮮やかなメインスタンドと、残り3方の半円の連続する屋根が囲う昔ながらのスタンドが不思議に共存している。一席ずつ互い違いに間隔を開けた配置や声援の全くない音環境など、新しい観戦様式との掛け合わせにより、昔ながらの構造物に身を置いたとしても、体験は新鮮なものとなるのだった。

JとNと合流して、18時にキックオフ。前半は川崎が圧倒するもスコアは一点止まり。後半、FC東京が隙をついて同点に追いつく。苦戦を強いられていた川崎だが、中村がバースデーゴールとなる決勝点を蹴りこみ、2-1で川崎が勝利。連勝を12に伸ばした。試合終了後は三人で武蔵小杉駅へ歩く。JとNは建築が専門ではないが、等々力周辺の住宅地を歩きながらなかなか発見的なコメントを言ってくれる。「ほんとに牧歌的で、うちらの高校の周辺に似てる」「(同級生の)Uの家がその辺にありそう」という指摘には納得させられ、笑った。もっとも、やがて出てきたのは同級生の家ではなく、神奈川のドバイとも異名をとる武蔵小杉のタワーマンション群ではあったけれど。

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翌日、中村憲剛が今シーズン限りでの現役引退を発表した。前日のドラマチックだった多摩川クラシコを現地で観戦した者として、語り継いで行かねばと思った。そして偶然ながらその二日後の祝日も等々力に、別の友人Kと、今度は北海道コンサドーレ札幌戦を見に行くことに。現地は中村憲剛一色で、写真もその日のもの。試合は動きの重い川崎に対して札幌は会心の試合運びを見せて2-0で完封し、連勝を止めた。

さてその翌日は飛行機で九州に帰省した。羽田から離陸してすぐの機窓からは、多摩川鶴見川の近くに寄せ集まったかのような等々力や味スタや日産スタジアムが見える。とある川崎サポーターの「フロンターレが強くなれたのは多摩川鶴見川の対岸からいつもにらまれていたおかげ」という言葉を思い出した。キドキドとロープウェイ。等々力陸上競技場と飛行機。多摩川周辺を、あたかも虫の目と鳥の目を入れ替えながら体験した秋の数日間だった。