My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

圧勝するオブジェクト / 角川武蔵野ミュージアム

このところ文字数が増加傾向にあったが、今月はさらっと書いてしまおう。隈さんの建築を取り上げるのも、昨年の洋光台団地に続いて二回目であるし。そう、今回訪問したのは、隈研吾さんの設計で東所沢に完成したばかりの、角川武蔵野ミュージアム。どんよりしたら曇りではあるが過ごしやすい気温まで下がってくれた土曜日の昼、東所沢へ向かった。

からしばらく歩き、東所沢公園に入りこむと、銀のつぶれた卵形のオブジェが林に散らばるインスタレーションが設置されていた。チームラボの手がけたもので、夜になると色とりどりに光るらしい。そして、園路を歩いてオープン間近の複合施設「ところざわサクラタウン」の敷地に近づくにつれて、巨大な岩石のような角川武蔵野ミュージアムの全貌が姿をあらわす。すごいインパクトの外観だ。だだっ広い広場や水盤の地表から突如として異形の建築が裂け出てきたかのごとし。しかも、外装の石の割付が建物外面の斜め具合に対応しているので、見ているとぐるぐると目が回る。その昔『反オブジェクト』『負ける建築』といったタイトルの書籍を著した建築家によるものとは思えない、郊外の都市環境に対して圧勝を誇るかのようなオブジェクトである。だがその求心力はおそらく圧倒的で、中国人の建築系グループが熱心に外壁を触って構法を確かめていたり、シニア絵画サークルのおばさんたちが広場の奥からデッサンしたりしていた。

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事前に購入したチケットの入場時刻まで少し時間があったので、建物のふもと、水盤のわきのベンチにあぐらをかいて本を読んでいた。平らで広々とした屋外広場にユニークな建築、さらに多少涼しくなった気候。欧米の海外旅行先にいるみたいな妙におおらかな気分になったのだ。

まだプレオープンの段階なので、建物の中はがらんとしていた。客の入りも少ない。入場できるのもエントランス階と下の階だけで、すなわちギャラリーと図書館までしか入れない。外観のインパクトに比すると、内部はオーソドックスな施設だという印象。もっとも、上階には高さ8メートルの本棚の空間が見どころとしてあるらしい。ギャラリーでは開館記念として隈さんの展覧会が催されていた。一般向けの分かりやすさを重視したノリの展覧会だが、そうしたタレント的役割をまっとうできることが隈さんの強みのひとつなのだと、隈さんをフィーチャーしたテレビ番組などを見るたびに思うことを、またしても思った。図書館はラノベとマンガの専門図書館。僕はそのジャンルに特段詳しいわけでも熱い思いを持っているわけでもないが、1,600円の入場料の元をとるためにも何か読んでいこうと思い、目にとまったマンガ『泣きたい私は猫をかぶる』の1巻を読んだ。

話が逸れたが、角川武蔵野ミュージアムはこのようにアート・博物・本の複合文化施設であることを謳っている。とはいえ、自分が感じた限りでは、ラノベやマンガのカルチャーをお洒落な建物にパッキングして、ハイカルチャーサブカルチャーも平等に扱っていますというような状況に対してある種の作為的なポーズを感じてしまい、どことない違和感が残ってしまった。平たく言えば、ラノベやマンガが取ってつけられているように感じてしまったのだった。

まだあまり人が知らない、もしくは特殊な何かを指して「◯◯が好きだ」と言うと、「知らない」だの「ダサい」だの「だからモテないんだ」等と言われ、自分の存在自体が否定されていると感じ、つい隠したくなってしまう。いつの時代もそういうことを言う輩はいるものだ。そいつらはただ時代に流されているだけで、一旦ブームが来てしまえば「前から気になってたんだよね」等と言いながらすぐに寝返るだろう。

これは、星野源のエッセイ集『よみがえる変態』からの引用である。音楽家、俳優、文筆家、日本変態協会会員である星野氏によるこの本は、適当にページを開けばけっこうな確率で下ネタに遭遇するという、実にけしからん本である。それはさておき、マンガやアニメのオタクカルチャーへの筋金入りの愛を語った章の中にあるこの一節は、的を射ているように思う。

角川武蔵野ミュージアムの館長は松岡正剛さん。アドバイザリーにも隈さんほか著名人の名前が並ぶ。知識人が寄ってたかって作った鳴り物入りの施設として完成したかのように映るわけだが、その企画全体が、星野源の言う「そいつら」にあたるのではないかという疑心暗鬼を、個人的には捨てきれないのだった。モヤモヤした気持ちも抱えつつ東所沢を後にした。ところで、帰りの電車の席の隣で、外国人の青年がスマホで一心不乱に日本のライトなアニメを観賞していた。それを見て、角川武蔵野ミュージアムについてうがった見方をせずに、素直に受け入れてもいいのでは、との気持ちもふくらんだ。隣の青年を連れていったら、彼はどういう感想を持つだろうか。 ひとまずは、上階のアニメミュージアムなどがオープンするのを待つべきか。