My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

谷戸の風景 in 町田 / 町田薬師池公園

12月から新しい職場で働き始めている。心機一転、がんばっていきたい。はや2か月近くが経った今は、仕事内容や人間関係にも少しずつ慣れ始め、ぼちぼち順調といったところである。

がんばっていきたい、とは書いたものの、やはりどんな職場でも全ての会議、打合せが建設的というわけではないのだろう。とあるオンライン会議が、参加している姿勢は保ちながらも、何か面白そうな情報でもないかとネットを眺めていたほうが良い時間の過ごし方だとしか思えず、architecture photoというサイトを見ていたところ、

山田伸彦建築設計事務所の建築設計、スタジオテラのランドスケープデザインによる、東京・町田市の「町田薬師池公園四季彩の杜西圓ウェルカムゲート」

という記事を見つけた。見るも鮮やかな芝生がゆったりと広がるランドスケープの写真に、端正で落ち着きのある分棟配置の建築の写真。それらは、会議の退屈さにぐったりとしてきた意識をシャキッと上向かせられ、早速見に行ってみたいと行動を喚起させられる魅力があった。

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週末になるや、町田駅からバスに乗り継ぎ、薬師池公園を目指した。今井谷戸というバス停で降り、バス通りである鎌倉街道から左の細い道に入り、斜面の地形に寄りかかるような住宅地を、そして北の多摩丘陵のほうまで見晴らせる小高い丘を抜け、さてようやく目当ての建物に到着かと思えば、地図を読み違えて「町田ぼたん園」に来てしまったのだと気付いて意気消沈した。どうやら地域一帯に広がる複数の公園や植物園などを総称して「町田薬師池公園 四季彩の杜」と呼んでいるようで、その中の別の場所に来てしまったらしい。ウェルカムゲートは、バス停から鎌倉街道をまっすぐ進めばよかっただけ…。ぼたん園も気にはなったが、後ろの予定が迫っていたため、この日はすごすごと近くのバス停から町田駅に戻った。

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日をあらため、季節外れの陽気に恵まれた休日に、半ば意地を張るようにして町田を再訪した。今井谷戸のバス停から鎌倉街道を進み、ほどなくウェルカムゲートに到着。黒い杉板壁と鋼板屋根のシンプルな切妻の平屋が建ち並び、それらの間に路地やスロープが通っている。各建物の用途は、入口から順にインフォメーションと直売所、ライブラリーとラウンジ、エレベーター、カフェ、体験工房。入口の直売所には少し列ができていて、路地や階段上の広場(だんだんテラス)には人が行き交っている。それぞれの建物ボリュームは地形に敏感に対応するべく少しずつ角度を変えて配置されている。櫓のような造形のエレベーター棟も、とってつけたような段差解消の機能のみに堕することなく建物群の一角を担っていて、デザイン的配慮がぬかりなく行き届いている。

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一見しただけでも建築、ランドスケープともに手寧に作り込まれているとわかるこの場所には後で戻ってくるとして、まずは広い公園を巡ってみようと、奥へ登っていく。カフェと体験工房の間のスロープを進むと、芝生広場、さらにその先に丘が続いている。この丘の傾斜が予想以上に急峻で驚いた。architecture photoに掲載されていた図面を思い出してみれば、短くない距離のスロープがつづら折りになっているのだから、丘が結構な勾配であるのはもっともなのだが、見上げるような斜面に茅が群生するランドスケープは迫力があり、階段も足に負担を強いる、登りごたえのあるものだった。

階段を登りきり展望広場に出ると、凧揚げで遊ぶ親子連れなど、一層のびのび、ほのぼのとした情景に出会え、眼下には林の間の低地に果樹園や農園が連続していく、谷戸の長閑な景色が広がる。どことなくノスタルジーを感じもする。唐突だが、幅をもった低地が緩やかに曲がりながら続いていくところが、氷河に似ているなと思った。この谷戸も氷河も、直接見られるわけではないが、滔々とした水の流れを、自然の循環を意識せずとも明確に人は感受して、郷愁や感動を覚えるのかもしれない。

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谷戸まで降りて農園の脇を進み、また林の上まで登ると、西園から薬師池公園のエリアに入り、また池に向かってぐっと地形が下っていく。このエリアは、池を中心に、薬師堂の仏閣や、移築復元された文化財である近世の旧荻野家住宅、旧永井家住宅などが点在している。薬師池には艶美な色彩の水鳥が生息していて、岸辺に三脚をセットしたカメラマンが横並びになって望遠レンズを向けていた。余談だが、旧永井家住宅の由緒書きの立札にあった「広間型三間取りの平面、四方下屋造の構造、しし窓や押板など、神奈川県の古民家と類似点をもち、…」との記述には、自らの地元が東京都に属している事実に固執したがる町田市出身の友人を思い出して、少し笑った。

しこうして、谷戸の起伏をゆっくりと登り降りして歩き回ることで、薬師池公園のエリア全体の三次元的なスケール感を身体で理解できた。その意味において、前回の勘違いに導かれた散策も無駄ではなかった、エリア全体をひとつの公園と捉えるブランディングがなされているみたいだし、ともかく私はまたひとつ己を高めることができたのだ、などとほくそ笑みながらウェルカムゲートまで戻ってくると、広大な公園の端部の、街に最も近いこの位置に、人の集まる密度の高い場所を整えることの必然性があらためて腑に落ちる。直売所やカフェは引き続き人の出入りが盛んで、体験工房では、ディスタンスや換気を十分に確保しながら、ソープカービング体験会とやらが始まっていた。とはいえ、建物のデザインは施設然となることを慎重に拒み、凛とした佇まいを維持している。具体的なデザイン要素の中でなるほどと思ったのは、建築では、木造の屋根組の頂部の棟木に鉄骨材を仕込み、すっきりした意匠のままに10m前後の大スパンを実現していること。またランドスケープでは、だんだんテラスのベンチ、すなわちスチールの格子の土台に模様をあしらったコンクリート天板を乗せたもので、階段状の地面との高さ関係によってベンチにもテーブルにもなり、スチール格子の土台は軽快で視覚的な抜けも確保している。小さな子供にとっては、天板の上の舞台に登ったりもできる格好の遊具にもなっているようだ。

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ウェルカムゲートがオープンしたのが2020年の4月。現在はその北方の7ヘクタール以上にわたる北園の整備も計画中だとのこと。先ほど、あえてやや強引にエリア全体のブランディングについて文章中に差し込んだが、ラ・コリーナ近江八幡にも通ずるような、広やかな自然に長い時間をかけて少しずつ手を加えていく「開発」が現代的なのだとしたら、面白い。