My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

生きられる地元 / オモケンパーク、熊本城特別見学通路

新しい職場が決まった。引き続き東京で働くことになる。仕事始めは12月なので、今は実家のある熊本に長めの帰省をしている。帰省中は時間があるので、アニメを最初の5話ほど見て、他に簡単な下調べをしたのち、『鬼滅の刃』の映画を観に行った。とても面白かったし、全国の子供たちが夢中になるのも納得した。見ていない人に鬼滅を押しつける、いわゆるキメハラをしようとまでは思わないけれど。それより、僕に言わせれば、この十年にわたって有名無名、有象無象の熊本県関係者によりなされてきた、例の黒いキャラクターを押しつけるハラスメントに比べれば、キメハラなどかわいいものだと思う。熊本では誰一人として奴の姿を見ずに過ごすことはできない。大小問わず、媒体問わず、あらゆる場所で目に入ってくる。執拗という言葉をも越えていて、ハラスメントというよりは全体主義的と言ったほうが正確かもしれない。しかし、熊本で奴のことを悪く言っていたことが明るみに出ると、たぶん阿蘇山の噴火口に投げ込まれるか、熊本城の堀に連行されて石垣の上から火縄銃で撃たれるかするので、この程度で筆は慎んでおきたい。

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あくまで主観ではあるが、熊本の街の建物のスケールは、いまひとつ自分の身体にしっくりとこず、心が安らぎはしない。市街地は近くに山が迫っているわりにはマンションやビルの規模が大きく圧迫感を感じるし、郊外のロードサイドは帰省するたびにチェーン店が生成と消滅を繰り返すばかりで、愛着を託すことは難しい。 

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ところが、小さいながらも心地よいスケール感を感じられる場所が、市街地の上通りアーケードに新しく出現した。それがオモケンパークである。熊本地震で甚大な被害を受けた建物を、オーナーの面木健(おもきたけし)さんが更地にし、広場として活用したのち、地元の建築家の矢橋徹さんの設計により小さなカフェを建てたもの。建て込んだアーケードに光と風を導くようなスリムな外観写真に惹かれ、ある日の午後に行ってみた。

70㎡にも満たない小屋がアーケードから引っこんだ位置にポンと置かれているにすぎないため、近づくまでその存在に気付かなかった。だが前まで来てみると、華奢な樹木が植わった前庭越しに上方や奥に視線が抜け、周りのアーケードの雰囲気も少しだけ軽快になっている。鉄骨とCLT(板の層を各層で直交する様に積層接着した厚型木材パネル)の混構造による木のトンネルのようなカフェの空間に入り、カフェラテを注文して奥のブロック舗装の中庭に席をとる。隣接したビルの壁に囲まれて、空の底のような空間だ。平日の中途半端な時間だからか、お客さんは他に一人だけ。天空から間接の自然光がふんだんに入り、アーケードの喧騒も届かず静寂な落ち着きがある中庭が貸し切り状態で、いい気分である。さらに中庭からはカフェの屋上デッキにも登ることができ、アーケードを見下ろせる。これまで幾度となく歩いてきたアーケードだけれど、2階レベルの屋上から見下ろすのは初めてだ。さらなる詳細は、公式ホームページ、および添付されているリンクに、面木さんのインタビューなどが掲載されている。現在のオモケンパーク誕生に至るストーリーや、テナントビルではないビジネスモデルについて語られているので、ぜひ。https://omoken-park.jp/

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あくまで主観ではあるが、熊本城は、端的に言って、巨大すぎて好きではない。何を言う、その圧倒的な規模、雄々しい全貌こそが地元民の誇りなのだ、という大方の意見は十分過ぎるほど理解できるし、自分もかつては純粋にそう思っていた。だが、好みや価値観は変わる部分もあるのだろう。某テレビ番組で「熊本城はやりすぎ城」とのフレーズで特集されていたが、石垣や堀や枡形をこれでもかと何重にも張り巡らせた、過剰に守備的な全体の構えには、ある種の偏執的な気味悪さも感じる。そうした心配性の築城メンタリティは、サッカーに例えるならば、今年の川崎フロンターレのような強い相手に対してまともに戦うことを放棄して全員で自陣ゴール前にこもる「ゴール前にバスを停める戦法」を想起させるかのようで、あえて偽悪的な言葉を使えば、かっこわるい。(その点では、「人は城」と言い切り、堅牢な城を築くことのなかった武田信玄を個人的には贔屓にしたい。)

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ところが、そんな熊本城に、斬新な観光体験を提供してくれる施設が出現した。それが熊本城特別見学通路である。これは地上約5〜7m、全長約350mの通路で、コースとしては、市街地から城内へのメインアプローチである御幸坂を登ったあたりから始まり、本丸御殿の南側を迂回したのち高度を上げて、本丸御殿の下をくぐって天守閣のふもとに出る。これまでとは違った視点から熊本城の被害状況や復旧工事を安全に見学できる。設計は日本設計で、オープンしたのはこの6月。期間限定の、文字通りの特別見学通路だ。

入場券を購入し、早速通路に上がる。黒一色に塗装された鉄骨が幾度か曲がりながら天守閣に向けて伸び、幅の広い板張りの歩行者通路でもって空中散歩を楽しめる。天守閣や石垣をはじめとした城内の史跡はもちろん、市街地や遠く阿蘇まで望める、お得感あふれるルートでもあった。平日のためか見学者は時間のありそうな年配の方々が中心だったが、途中からボランティアガイドさんに連れられた中高生の一群もやってきた。訛り具合を聞くに、地元の子供たちのようだ。みな高みの見物を楽しみ、天守閣の写真撮影などにいそしんでいる。夜には通路の足元の鉄アングルの裏に仕込まれた証明によりスタイリッシュな回廊の姿を見せるようだ。期間限定と言わず、恒久的に残してくれてもいいのではとすら思ってしまった。

入場口に掲げられていた設計概要パネルによると、設計のポイントは5つ。1.既存樹木を避けたルート設定。2.遺構と石垣に影響を与えない置き基礎の配置。3.熊本城と市街地の景観を楽しめる空間。4.石垣や虎口を飛び越える約50mの大スパンアーチ構造。5.遺構と景観に配慮した一本足のリングガーダー構造。場所ごとの課題に応じた構造的解決を示す4と5などは、建築のお勉強としても興味深いものがある。

さて、天守閣の前に到着。復旧工事によって、屋根瓦の間にあらためて漆喰が詰められたため、全体が白みがかっている。震災直後の、屋根瓦が落ちた傷ついた天守閣の姿に心を痛めた一人としては、よくここまでよみがえってくれたなあと、早くも感慨がわく。来春には天守閣完全復旧・内部公開の予定で、最上階の真新しい木の内装が現時点でも少しだけうかがえる。

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特別見学通路を下りた後は、熊本城をゆっくりと回ってみた。地震で崩れた石垣の隙間から植物がたくましく生えている様子や、崩落石材が仮置き場に整然と並べられている様子が、強まってきた西日を浴びて美しく見えた。地震の被害を表す映像を美しいと表現することは不謹慎かもしれないが、同じ対象を4年前は正視するに耐えなかったことを思い返すと、この日オモケンパークや熊本城特別見学通路という、地震から一定の歳月を経たのちに新たな都市体験が芽生えたことを明確に意識させてくれる場所を連続して訪れたことで、まだまだ先の長い復興に対しても前向きな気持ちを持てたということなのだろう。

以前、「生きられる出生地」と題して松本について書いたときと同様に、見慣れたはずの、見飽きたはずの街を新たな視点で見直す機会を得ることは、記憶のリノベーションをするかのような面白さがあると感じた。それは、例えばグランドオープンしたショッピングモールに代表されるような巨大資本を通してよりも、デザインやアイデアを通してなされるほうが嬉しいということも、今回実感できた。ぜひこれからも、この気付きを念頭において、自分にとっての熊本をアップデートしていきたい。幸運にも例のキャラクターを非難した重罪が見逃され、生きながらえることができたなら…

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