My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

大宮へ行かないか?土曜日に / 大宮図書館

首題のようなテキストメッセージを誰かから受け取ったわけではないが、2月のある土曜日、晴れて暖かかったので、昨年オープンしたばかりのさいたま市立大宮図書館に行ってみることにした。午前中は家でこまごまとした用事を片付け、昼過ぎに出発。だが、最寄り駅から電車に乗ってしばらくしたところで、財布を家に忘れてきたことに気付いた。平日の仕事とは違うバッグなりリュックなりを使うので年に何回かは休日に財布を忘れるのだが、たいていは駅までの道を歩いている途中で気付く。しかしこの日はすでに乗してしまっていた。取りに帰るのも面倒だし…乗り換え駅でICカードの残額を確認したところ、大宮までの往復の運賃は十分に足りるので、この日はICカードとスマホの電子決済でしのぐことにする。13時半頃に大宮駅に到着し、東口から街に出た。

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周囲の環境や文脈との接続に心を配って設計された建築であるほど、訪れるときにもその意図を意識したアプローチをとることが望ましい。大宮図書館の場合は、メインエントランスは道路に面した西側だが、東側で氷川神社の参道である氷川参道にも接していることが大きな特徴であるらしい。そこで、駅からは一街区ほど遠回りにはなるが、参道経由で、つまりまず氷川参道まで出てから参道を南下し、目指す建物にアクセスすることにした。ケヤキをはじめとした大樹の並木が趣のある参道を歩くこと数分、樹々の間から白く軽やかな真新しい建物が見えてきた。これが大宮図書館。建物のファサードにランダムにちりばめられた白い縦材は、かつてこの地域が製糸場跡地だったことから設計者・施工者が「絹糸スクリーン」と呼ぶ白い有孔折板だ。

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西側の正面に回ると、「絹糸スクリーン」が、ちょうど昼下がりの日の光を浴びて明るい表情を見せている。この「絹糸スクリーン」は、日射遮蔽や近隣との視線コントロールの役割もあるようだ。ちなみに、僕もクライアントから先進的なオフィスビルの外観のイメージパース作成を依頼されたとき、似たようなデザインのパースを作ったことがある。そのときは木材調の縦ルーバーだったが、次の機会には有孔折板も試してみよう。建物はPFI事業(公共サービスの提供を民間主導で行う手法)による複合施設で、6階建ての1〜3階が大宮図書館・カフェ・コンビニ等、4〜6階が大宮区役所という構成だが、外観としては統一されている。施設と一緒に整備されたのか前面の道路には電柱がなく、青空に白い建物がよく映えている。こだわって参道側からアプローチしたが、市街地に近い正面から入り、奥の参道へ抜けるという順序でもよかったな、と感じた。

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(内観写真は施設ホームページより)

建物の中に入ると、左側に2層吹抜けの開放的な広場状フリースペースが広がり、丸テーブルで高校生などのグループが勉強や雑談で過ごす休日のカジュアルな場面が展開されている。奥には上階へつながるエスカレーターと段床、天井は木ルーバー仕上げ。建物の平面構成は明快で、正方形のフロアの中央に耐震コアを配して階段・エレベーター・トイレ等を納め、外周部は細い柱が並びガラス張りのスペースにあてがわれている。

エスカレーターを上がって2階の図書館ゾーンへ進む。ここでも1階から引き続いて吹抜けが建物の外周に沿ってスパイラル状につながっていき、その周囲にデザインチェアの並ぶ読書エリアや予約制のグループワークスペースが配され、大体どこも満席の様子だ。しかも多くの人たちが集中力高く読書や勉強に取り組んでいるように見えた。上階の区役所が開いている平日は、吹抜けを介して図書館と区役所の間に視覚的なつながりが生まれ、休日とはまた違った活動的な場の雰囲気が生起するのだろう。

吹抜け空間の連続が非常にスムーズなので、気付けば3階の開架エリアにまで行き着いていた。この吹抜けは、全館避難安全検証法の採用により、防火区画のシャッターが発生しない、一体的ですっきりとした空間が実現している。一般の来館者には意識されないかもしれないが、この効果はたぶん大きい。また、1階のフリースペースで音楽イベントが催された際にも3階の図書館での静寂性が保たれるよう、音響シミュレーションも行っているという。最近読んだ作家の柴崎友香さんの『公園へ行かないか?火曜日に』の中で、柴崎さんが知り合った海外のとある作家が音楽の鳴る部屋でないと物が書けないと話し、無音の部屋のほうが好みの柴崎さんにとって驚きだったというエピソードがあったが、図書館建築では「無音派」に配慮すべきだと思う。「音楽派」はヘッドホンを使えばいいので。

大宮図書館に話を戻すと、インターネットや新聞・雑誌のコーナーは高い天井の吹抜けの空間に、一般図書コーナーは標準的でニュートラルな空間に、研究席やスタディコーナーは効率重視でコンパクトにと、場所ごとのスケール感にめりはりがあって的確なプレイスメイキングだと感じる。さすが、図書館建築の設計を数多く手がけてきたシーラカンスK&Hだ(大宮図書館の設計者は、正式には久米設計シーラカンスK$H・大成建設設計共同企業体)。3階の外周柱は角形鋼管を集成材で覆った「ハイブリッド耐火柱」が採用されていて、その木の質感が意匠上の特徴にもなっている。建物全体に一貫する軽快感や透明性といったテイストからするとやや唐突な印象も受けたけれど、老若男女や貴賎の別なく誰もが利用する公共建築では、多少のノイズがあったほうがいい。3階の廊下に掲示されてきた利用者アンケートを見ても、細かい管理運営への指摘要望はあるものの、建物に対しては軒並み好意的な声が多いようだ。

館内を一周して図書館入り口にまで戻り、ひととおり振り返ってみると、センターコア、連続する吹抜け、木材利用など、オーソドックスな建築的解法を実直に積み重ねていった設計姿勢にあらためて敬意を抱いた。「須賀川市民交流センター tette」の回で、tetteを2010年代の公共建築の最前線ではないかと書いたが、大宮図書館も、さすがにtetteほどの多用途混合のダイナミックさはないものの、良識に満ちたナイス公共建築だ。

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建物から退館するとき、ちょうどエントランスにあったテレビで東京近郊の住みたい街ランキングの番組が映っていた。大宮も上位に入っていて、街頭インタビューのマイクを向けられた若者が「氷川神社があって落ち着く」などと答えていた。それを見て、1.5キロほど北に離れてはいるが、参道をひたすら歩いて氷川神社にも寄っていくことに決めた。石畳と冬木立の並木が落ち着きと風格を醸し出している長い長い参道では、往来する人たちの様子もどこか悠然としているように見える。犬の散歩やジョギングを楽しむ地元の人たちの姿も多い。何年か前の夏の夜、氷川神社のすぐそばにあるスタジアムで友人とJリーグの試合を観た後、多くのサポーターであふれる薄暗い参道を歩いて駅に帰ったことがあった。そのときの幻想的だった氷川参道も忘れがたいが、今日はごく普通の冬の土曜日の日常風景が目の前にある。

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大宮図書館から歩くこと15分ほど、三の鳥居をくぐると砂利敷きの境内に入り、参道は緩やかに左にカーブして、その先の楼門を越えると、回廊に囲まれた舞殿と拝殿へ出る。何本もの巨大な楠がそびえていて、その精気にあやかろうと太い幹に両手をかざす人もちらほら。拝殿の後ろ上空にも茂みが見え、それも回廊内の心地良い聖域感に結びついていると思われる。財布を忘れたのでお賽銭をあげることはできなかったが、今年一年の幸運をしっかりと祈願した。

新幹線で通り過ぎたり、乗り換えで利用したりすることばかりが多かった大宮。ゆっくりと滞在してみたらば、落ち着きと発見のあるいい街だった。テレビに映っていた若者にも賛成だ。