My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

武蔵野で再会 / さくらこみち

会社の同じ部署の方が2人、それぞれ同時期に自ら設計された自邸が竣工し、皆で内覧会にお邪魔する予定だったのだが、おそらく賢明な読者はすぐに予想したとおり、新型コロナウイルスの影響で延期になってしまった。会社が原則在宅ワークの方針になり、不要不急の場合を除いて複数人で集まることが制限されてしまったのだ。致し方ないことだが、密かにこのシリーズで取りあげる腹積もりだったので非常に残念だった。…と思っていたところ、捨てる神あれば拾う神ありではないが、学生の頃に様々な大学や分野から参加者が集まるワークショップで同じグループだった知人のOさんから、別のオープンハウスの案内があった。この時局ではありますが感染対策は十分に行うのでぜひお越しください、という一文を添えて。そういうわけで行ってきたのが、今回の「さくらこみち」である。

その日は新型コロナへの注意もさることながら、3月中旬とは信じられないほどの異常な寒さで、気温は四捨五入すれば零度、冷たい雨の降りしきる土曜日だった。敷地は小金井市。電車とバスを乗り継ぎ、最寄りの停留所から少し歩いて古くからの住宅地に入ると、ほどなくして真新しい建物が見えてきた。ガルバリウムの黒い外壁面に扉の木調が映えている。なお、悪天候のため良い写真がとれなかったので、賃貸募集会社の物件紹介写真の外観写真を載せます。オープンハウスながら外構も完成していて、ふんだんに植栽の設えられたアプローチが迎えてくれる。この広い前庭でもある「こみち」沿いに4つの住戸の扉が並んでいて、一番手前の扉の脇に、来訪者の傘が多く立てかけられていた。

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早速その「A住戸」の中に入ると、広い土間、リビング、テラス、上方には吹抜け、階段、ロフトが視界に飛び込んできた。見学者の方々も各々歩き回っている。リビングに立ち話をしているOさんの姿を見つけ、「おお、久しぶり!」「お久しぶりです!元気でしたか?」と、学生時代以来久々に再会。パンフレット代わりのA3の図面も受けとる。その他、設計監理を手掛けられた田岡博之建築設計事務所のスタッフの方や、Oさんのお母さんとも軽く挨拶をする(のちにOさんの旦那さん、お父さんとも挨拶)。この「さくらこみち」は、Oさんのお祖父さんとお父さんの親子二代に渡り受け継がれてきたアパートの建て替えなのだった。

やはりワークショップ仲間だったS君も、駅からのバスを乗り間違えて遅れたものの到着し、Oさん、S君、僕の3人でDまでの住戸を順に見て回った。以前のアパートは大学が近くにあることから単身者向けの小さなワンルーム住戸が主体だったらしいが、このたび竣工した「さくらこみち」は各50平米前後の4住戸の長屋。全ての住戸が1階のこみちからアプローチするメゾネット形式で、間取りでいうと1LDK、さらにテラスとロフトもそれぞれどこかに確保されている。これら4つの住戸を、奥に長くて不整形な敷地に丁寧に呼応させるように、住戸のプランニングは全て異なり、ある住戸では半地下に掘り込まれた部屋あり、別の住戸では2階にリビングと連続するテラスありと、なかなか複雑に住戸同士が組み合わさっている。目の前の空間と手元の図面とを幾度も見比べながらの見学だ。

内装は木と白い塗装の仕上げですっきりとおさまっている。加えて、既存アパートの解体時に残しておいたという木格子のガラス戸が各住戸にピンポイントで使用されていて、なかなかイイ味を出している。窓の位置もかなり注意深く決めたのだろう、開口をどこに向けるかに関してこれといった正解のないようなとりとめのない住宅地の環境にあって、たとえば半地下の寝室から視点レベルが庭の地面すれすれに設定された小窓があったり、2階のリビングからアプローチのこみちを見通せて意外な開放感が演出されていたり。A3の図面に添えられた田岡さんの小文「解体前の半年は一室をお借りして事務所を移転し、空への広がりや土や庭の匂い、隣地間や道路の先に垣間見える往来や植樹林など、敷地を超えて広がる武蔵野の風景を感じながら計画を練った」にも説得力がある。

このように4つの住戸それぞれが周辺環境に細やかに応答し、異なった特徴を備えているので、3人で話しながら回っていると「俺は総合的にはC住戸がいいな」「ロフトの使い勝手なら断然Aだよね」などと会話が弾んで楽しい。住戸全てを画一的な間取りにするのはやや乱暴だし、かといって全く違えても恣意的で、住まいが集合するメリットや論理性を欠いてしまう…そうした微妙な課題に対してバランスを模索した結果の解として、長屋の全体が武蔵野の敷地に佇んでいるのが「さくらこみち」であった。

もちろん、久々に再会した同士、堅苦しい建築談義だけでなく、互いの近況報告や情報交換の話にも花が咲く。建築ではなく造園専攻だったOさんは一度転職して引き続き造園の事務所で働いているみたいで、建築事務所に勤めるS君は災難にもヘルニアでしばらくの寝たきり生活を余儀なくされたが、今は復帰して元気にやっているとか。なかなか話題は尽きず、ふと気づけば外の景色はついに大粒の雪になっていた。

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さて翌日、図面を見返しながらこの文章を書き始めて、お仕着せである必要なないものの、「さくらこみち」の居住者の方々同士で日常的な交流が生まれれば、生活の豊かさという点から特に好ましいのではないかと思った。お隣さんのお家にあがったら自室とは大きく違う間取りや外の景色が展開していて新鮮に感じたり、ロフトの使い方に関して思わぬヒントを得られたり。そんな発見が自然に生まれる気がする。柴崎友香さんの小説で、東京や大阪の住宅地の建物や自然や住人同士の繊細な関係や交流がつづられているみたいに。すでに建築を媒介にして僕たちの久々の再会も季節外れの雪とともに印象深いものとなったが、4月以降にはいよいよ人が住み始めて建物に生命が吹き込まれる。オープンハウスの時点ですでに、幸先よく3つの住戸までは住人が決まっているという。