My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

ブランドの世界と、その外へ / ラ・コリーナ近江八幡

今回取り上げるのは滋賀県にある「ラ・コリーナ近江八幡」。和洋菓子製造販売のたねやグループのフラッグシップ店である。元は厚生年金休暇センターだったという甲子園球場3つぶんの広大な敷地に、藤森照信さんの設計による草屋根が有名なメインショップ、銅屋根の本社棟、田んぼや畑などが配置されている。12月中旬に福井に視察の出張に行った帰りがけ、折角だからと近江八幡にも宿をとり、足を伸ばしてみることにした。なお、2015年にオープンしたラ・コリーナ、東京に戻ってから同じ部署の新人に聞いた話によると、このサイトで最初に書いた太田市美術館・図書館などとともに、最近の建築学生の必見スポットになっているらしい。

近江八幡に着いたのは金曜日の午後遅い時刻。ラ・コリーナには翌朝行くことにして、この日はまず駅前の宿にチェックインを済ませ、まだ多少残っている冬至前の日を頼りに街を散策してみた。駅前から北の先に控えている八幡山(さらにその裏には琵琶湖がある)のほうへ2キロほど歩くと、観光名所でもある八幡堀がめぐり、近世の面影が残る旧市街に入り込む。ラ・コリーナはさらにその先の田園地帯にある。とっぷりと暗くなったので、この日は旧市街までで引き返す。ちなみにこの夕方の散歩で、駅に近い道路沿いと、旧市街の日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)の近くとに、たねやの店舗を見つけた。

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日があらたまって土曜日、天候にも恵まれ、早速駅前からバスに乗り込む。昨夕歩いた旧市街を通り過ぎ、ほどなくしてラ・コリーナに到着。駐車場前の生垣を抜けると、八幡山を背景にして、クマザサの原が広がる奥に緑化された寄棟屋根が横に長くのびたメインショップが出現した。季節柄、屋根の植物はあおあおとしているわけではないが、その朽葉色もまた風情がある。ラ・コリーナのシンボルだけあり、その場所全体が独自の雰囲気を醸し出していて、他の数組のお客さんも皆カシャカシャと写真を撮っている。建物の近くに寄ってみても、栗の木の列柱、塗壁などなど、惜しげもなく使用された自然素材の仕上げが迎え入れてくれるかのよう。中央のエントランスから内部に入ると、炭が貼られた階段ホール、右手にはバウムクーヘンを中心とした洋菓子エリア、左手には和菓子エリア。朝早い時間帯にして既にお客さんの入りは上々だ。家具や鉢植えはもちろん、ごみ箱にいたるまで、よくデザインされた木や陶器の什器が誂えられ、自然の優しさや力強さを感じさせるような配慮が行き届いている。

メインショップを奥に抜け、ふたたび外に出ると、中央の田畑を回廊やカフェや本社棟の建物がゆるやかに囲う景色が広がっている。さらにその奥の土地は、新店舗予定地となっている模様。広い土地と自然を存分に生かして、まさにブランドの独自の世界が描き出されている。恐れ入った。おおらかな気持ちになり、お菓子の甘い匂いが鼻をかすめると自ずと財布の紐も緩むものなのか、メインショップやカフェで、生どら焼きを食し、バウムクーヘンとホットミルクのセットも食し、クランチと葛湯をお土産に買い、たねや社長の山本昌仁さんの著作で講談社現代新書から出ている『近江商人の哲学 「たねや」に学ぶ商いの基本』なる書籍まで購入してしまった。前述の「甲子園球場3つぶん」などの情報はこの本によるものだ。

かくして、確固としたブランド競争力を獲得した企業の成功事例をラ・コリーナに見ることができるのであった。どら焼きやバウムクーヘンの美味しさは格別だったし、建築や景観もその場所ならではのものを体験できた。加えて今回、自分にとって重要だったのは、ラ・コリーナをとっかかりとして、近江八幡の街歩きや近江商人への関心の広がりといった付帯作用も得られたことだった。実際、ラ・コリーナの後にはロープウェイで八幡山に登って頂上から琵琶湖を望み、一週間後には『近江商人の哲学』を読了している。たねやのブランドの固有の世界から、それが寄って立つ土地や歴史の文脈に向けて意識が滑らかに重心移動した感覚は新鮮だったし、それを可能にしてくれたのはやはり、ラ・コリーナの注意深くデザインされた開放感だったのだと思う。

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