My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

台湾に宇宙船のごとく / 衛武営国家芸術文化中心

まだ1か月しか経っていないのに遠い昔のことのように感じますが、昨年末、早めに冬休みをとって台湾に旅行に行きました。台北に3泊、高雄に1泊。そこで今回取り上げるのは、台湾は高雄の「衛武営国家芸術文化中心」。先の10月にオープンしたばかりの巨大な文化複合センター。設計はオランダの建築設計集団メカノーです。

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数日間ずっと曇りと小雨の涼しい気候で、薄いウィンドブレーカーが重宝した台北から新幹線で南に約1時間半、港町の高雄は春先のような陽気で、空はかすむように晴れています。時は12月29日の昼過ぎ。2018年も台湾旅行も終盤だな、という気分です。街なかの肉そば屋さんで昼食をとり、さっそく宿にチェックインし、荷物を置いて身軽になって、出発。まずは「芸術文化中心」に向かいます。地下鉄で中心部から港とは反対の東に10分ほど行った先にあります。

衛武営駅の構内の改札周辺には、高雄の地下鉄とタイアップしているらしく、一面に「ちびまる子ちゃん」のキャラクターたちのポスターが飾り付けられていて、思わず笑ってしまいました(これから訪れる建築でものびのびと遊ぶ子供たちが生き生きとした雰囲気をその場所にもたらしていましたが、その様子をちびまる子ちゃんと結びつけるような安易な文章のはこびは差し控えておこう)。さて、出口のサインに従ってエスカレータを地上に上がると、いきなり、しっかり舗装された広場と、宙に浮いたような「芸術文化中心」が目の前にありました。とにかく長大で巨大な建物、という第一印象です。ガラスがピシッとはまって平滑な外壁面が視界のはるかか先へ伸びていき、ところどころでうねっている、異様な大きさの彫刻。はじめは、この圧巻の建物外観を、一目か二目見て、少し離れた場所からある程度建物の全容がわかるような写真が撮れればよかろう、くらいに思っていました。それではるばる遠方まで建築見学に来た義務を果たしたことになる、とでも言うように。 

しかし、この建築がすごいのはむしろここから。まずてっとり早く、その日の夜に書いた日記を引用します。「まずメカノーのパフォーミングアーツセンターを見に行く。超巨大な建築で、劇場が4つか5つ、神経細胞のようにつながって、間は巨大な空洞になっていてあらゆる方向からあらゆる方向へと通り抜けられる。体験したことのない巨大スケールの洞窟的空間は圧巻で、公演がないのに人であふれている。南、西の公園も春のような気候のもと大いに賑わっている。建物に戻って中に入ってみると、オープンしたばかりだからかガイドツアーもさかんに行われていて、ギャラリー、レストラン、屋上テラス、野外劇場とすべてに人がわんさか押し寄せている。オフの日とは思えない。規模も空間もスケールがすごい。色使いは大味でざっくり潔い。子供たちがそり立つ壁に向けて駆け上がっていた。…」

 

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写真のように、駅の前の広場がそのまま巨大な建物の床や壁や屋根がうねり、反り返った半屋外の筒状の空間に続いていきます。洞窟に誘い込まれるかのようです。この洞窟は足元から上部は白く塗装されてい、外の近くでは明るく、奥では薄暗く、濃淡が変わっていき、坂道状に登ったり降ったりカーブしたりして、また途中で枝分かれもしながら、建物反対の公園の芝生に向かって一気に開けた広場につながっていきます。広場は「榕樹広場」と名付けられていて、圧倒されるほど壮大なスケール。ここから、大勢の人が公園に向かってゆったりと流れ出ていっています。そして、この洞窟や広場の間の部分がオペラハウスやコンサートホールの室内になっている、という全体の計画というわけです。もっとも、順序としてはむしろ逆で、劇場の箱を離して配置し、それぞれの間に残った部分を洞窟のような道にする、というプロセスで構想された、とも言えそうです。こんなことを考えていくと、瀬戸内海にある豊島美術館が日本の建築学会賞を受賞した際の選評の文章を思い出したりもします。

「建築とは自然環境のなかから人工環境を切り取るものであるが、切り取られた人工環境が新しい自然環境をつくるような不思議な循環を感じさせる建築である。圧倒的な空間だ。…」

たしかに、劇場をはじめとする室内部分と洞窟状の半屋外部分の循環に加えて、より広い範囲での、建物と周囲の、特に隣接する公園との循環も感じられます。たとえば…広い更地にある日、巨大な宇宙船が不時着していた。中には誰もおらず、台湾はパフォーミングアーツセンターに改修することに決定した。それに合わせて公園を作ることも、高雄市民に支持された…「榕樹広場」で走り回っている小さな子供たちにこんなフィクションを語っても、真実味を感じてくれそうな気がします。なお、メカノーによると、この巨大で複雑な構造物の建設には、造船の技術が大いに活用されたそうです。

洞窟を抜けて南側の公園も一回りしてみました。もともと軍用地だった広い敷地に、芝生の広場、池、展望台(床がきしんで怖かった)などが配され、みなみな散歩、ピクニック、凧揚げ、その他もろもろ、温暖な気候の年末の午後を満喫しています。もちろん、ガジュマルの樹々が生命力をもてあますように枝をしだらせ、葉を繁らせているのは、台湾の他のどの場所とも変わりありません。港の方角には高さ378メートルの「高雄85ビル」が遠望でき、今しがた来たほうを振り返ると、「芸術文化中心」のスーッと横に長く広がる、公園の方まで来ても端から端までを視界におさめるのに苦労するほど長い姿が見られます。建物の端の、公園に向けて開けた半円形の階段状の野外劇場の前では、年越しイベントに使われるであろうステージの設営が進行中でした。

 

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大きな円弧を描くようなルートを歩いて「芸術文化中心」に戻ってきました。榕樹広場が、風や人の流れを深呼吸していて、自分もその一部に取り込まれていくような感覚です。そり立つ壁をかけ上がろうとする子供たちを見て、自分も子供の頃なら絶対にそうして遊んだだろうなという共感を覚えたりしながら、今度は建物の中に入ってみました。入口は意外にささやかですが、エスカレーターを上っていった先、一としては洞窟の上部にあたるホワイエは、やはり空間が枝分かれしてずっと先まで繋がっていて、公演がないにも関わらず人でごった返しています。建物のガイドツアーもさかんに行われています。ホワイエはいつの間にか屋外のテラス、レストラン、ギャラリー等々に分岐し、まさに建物全体が使い倒されています。洞窟の上部にいるわけで、ときおり床に穿たれた窓から下の様子が垣間見られます。デザイン的には白と黒を基調とした、ざっくりとした潔いテイスト。これだけの大規模になると、大味なくらいがちょうど心地いいのかもしれません。

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オペラハウス、コンサートホール、劇場、舞台芸術場、野外劇場。建築探訪と銘打っておきながら、主要な用途であるはずの劇場のホール内には入らず、公式のパフォーマンスはまったく観ませんでした。しかし、それでいて建物を十分に見て回り、現地の人たちの日常もなんとなく感じられたという思いを持ち帰れることが、この建築の驚異だったのではと、後になって思い返します。ぜひまた来たい。2018年12月29日とはまた違った建築の表情が見られ、「榕樹広場」のありがたみが一層感じられるのならば、厳しい暑さや豪雨の日でも悪くないと思います。