My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

ヘテロトピア散歩 / 府中インテリジェントパーク

5月31日から6月1日の一泊二日、中堅社員研修で府中市の研修施設に滞在しました。朝、会社への通勤とは逆の下り方面行きの電車に乗ると、普段と違うことは起こるもので、同じ最寄駅に住んでいる従姉が、3才と1才の男の子の兄弟を連れて入ってきたところにばったりと会いました。電車は比較的空いていて、互いの近況報告などを話します。従姉は、今は3才の子をこども園に送っていくところだそうです。その子はというと、子供らしい人見知りでこちらは見てくれず、外ばかり見ています。そして、そのまま乗っていればこども園のある駅に着くのに、多くの種類の電車に乗りたいからと、手前で乗り換えるために親子三人で電車を降りていきました。 

ぼくも何度か乗り換え、武蔵野線北府中駅に着きました。駅の前にはお店などはほとんどなく、西には東芝の巨大な事業所が、東には府中刑務所の敷地が広がっています。ぼくが中学と高校のころに5年半住んでいた熊本でも家の近所に刑務所がありましたが、刑務所のそばというのは、実際は晴れていてもどこか曇っているかのような、不思議なしずまりかたをしています。

東芝の敷地に沿って十分近く歩いて、研修施設「クロス・ウェーブ府中」に到着。宿泊室つきの大きな建物で、中に入ると、中央に楕円形の吹き抜けのアトリウムがあり、その周りを各階ごとにコンコース、研修室、食堂、宿泊室などが取り囲んでいます。1990年前後に建てられたと思われる、豪華な建物です。うちの会社は中堅社員研修でこの施設を毎年使っているようですが、みなこの内部を一目見るなり、頭の中で建物の坪単価を推定する見積もり計算機を回し始めるようです。

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研修についても簡潔に。受講生は技術系の入社六年目の同期の人たちと、中途で入社された方々の計十六名。丸二日、ひとつの会議室で、外部の講師の方のもと、中堅社員とは何かを大きなテーマに、自己啓発、自己成長にまつわる講義や演習が続きます。盛りだくさんの内容でしたが、この変化の激しい時代、ある時点での規範が五年後や十年後にも重要か、当を得ているかは判断が難しいのでは、とも思います。たとえば、五年前の新人社員研修では、働き方への意識や英語の重要性はほとんど話題にあがらなかったのですから。ただ少なくとも今回の研修に関して言えることは、職場の周囲の方々からのコメントシートが大変ありがたかったこと、それから、研修の運営を裏方で支えてくださる方々には本当に頭がさがること、です。

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建築見学レポートの観点から面白かったのは、クロス・ウェーブ府中での短期滞在もさることながら、実は、一日目の夜の散歩でした。

一日目の夜、ほぼ丸一日会議室で過ごした心身を外の風に当たって緩めようと、飲み物やちょっとした夜食を買いに出ました。ただ、前に記したように研修施設は市街地から外れた郊外にあり、すぐ近くにお店がありません。そこで西に1キロ離れたところにあるスーパーまで歩いて行ったのですが、この散歩が思いがけず、非常にインパクトのある体験となりました。郊外の夜は薄暗い。道の北側には東芝事業所の巨大な敷地が広がり、一日の仕事を終えた従業員の人たちが門からちらほらと出て来ます。敷地沿いに歩けども歩けどもスーパーは遠く、なかなか敷地境界の生垣が尽きません。ようやくたどり着いたスーパーの建つ交差点の角のひとつには送電鉄塔がいきなりそびえていて、その後ろに控えめにコンビニか何かが場所を占めています。寄り道した帰り道にも、なぜか数百メートルも左折できない妙な区画があったりします。他にも、いかにも年季の入った団地の、草が生えるにまかせたいじけたような公園。ポスターの右上の画鋲が外れて斜めにだらりと垂れ下がっている地域広報掲示板。かと思えば、やけに真新しく快適そうな建売住宅の一帯もあります。ぼくたちが日頃暮らしている街とは異なるスケールアウトした土地利用がなされている地域、しかも夜のとばりに隠されてその全体像はつかめません。シュールレアリスムの小説や絵画の世界に放り込まれたように、散歩の中で目の前を行き過ぎる断片が異様な存在感をもって現れます。

研修施設の個室に戻ってから調べてみると、歩いていたのは住所でいうと府中市東芝町、本宿町、日鋼町で、東芝府中事業所の広さは(ウィキペディアの情報では)77ヘクタールにも及ぶようです。またクロス・ウェーブ府中は、元々は日本製鋼材所東京製作所だった場所が平成初期に再開発された「府中インテリジェントパーク」の建物群のひとつだということです。

宿泊室の窓は東に面していて、都心部のビル群が遠く望め、東京タワーとスカイツリーらしき建造物もかすかに見えます。そんなことをして過ごしているうちに、ヘテロトピアという言葉を思い出し、朝に北府中駅に降りたときからどことなく感じていたこの地域の空気感について、少し言語化して捉えられた気がしました。ヘテロトピアとは、排除されることによって逆に全体のノーマリティが維持される特殊な場所のこと。ここでいえば工場(跡)や刑務所。さらに広域の航空写真を見てみると、新宿まで15キロから20キロほどの距離のこの付近に、大きな霊園や軍用飛行場などが諸島のように分布していることがよくわかります。そして、これらをヘテロトピアという一種の悪場所のように捉えてしまうことが、きらびやか(?)な都心部で生活している側の視点であることも、今回、身体を通じて実感した気がします。

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翌日も、朝や研修の休み時間などに、府中インテリジェントパークを歩いていみました。さすがに夜のシュールさとは違って、昼間の太陽の下でオフィスワーカーの人たちが行き来しているビジネス街です。銀行やメーカーの大きな四角い建物が間をあけて並ぶ全体像は、近代都市計画の理念を直截的に実現したようでもあり、機能的な建物群とオープンスペースの配置が、同時期にできた品川インターシティともどことなく似ています。これらは、後の時代からは平成らしい都市や建築として振り返られるのではないかと思います。平成レトロ、みたいな…?そういえば、昨日の電車で会った小さな男の子たちは、物心がついたころには平成が終わっている。ぼくたちの中堅社員研修も、来年も同じ開催時期であれば平成では最後のものである。などなど、連想が広がります。 

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ちなみに、この地域を走る京王の路線バスの側面には、府中インテリジェントパーク経由で府中駅に向かうという経路案内が書かれているのですが、正面上部の方向幕には、省略して「インテリ 府中駅」と表示されています。インテリの人しか乗車が認められないかのような意味にも取れます。研修中の自分たちの言動がインテリジェンスに富んだものだったかどうか自信がないためではないですが、二日の間にそのバスに乗ることはありませんでした。