My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

からまりしろでの数時間 / 太田市美術館・図書館

今年度から、月に一回のペースを目標に、建築を見に行って文章にまとめることにしました。

初回は、太田市立美術館・図書館。4月下旬の晴れた休日、平日の出勤の時間よりも少し遅く家を出て、メトロで北千住まで行き、特急りょうもう関東平野を北上します。春日部の操車場を過ぎたあたりから徐々に建物が減って畑の広がる風景に変わり、湖のように穏やかな利根川を渡るとさらに広々としたのどかな景色に。館林あたりからは前方に山の峰が見えはじめ、足利まで来ると今度は工業的な建物も目立ちはじめます。最後、太田駅へ続く緩いカーブから、駅前に建つ太田市立美術館・図書館が遠望できました。ごつごつした白い石に草が生えているような印象。駅の高架と同じくらいの高さで、周囲に広がる盆地に比して小さく感じます。

正午前、大田駅に到着。駅前は、ドン・キホーテやスバルの工場関連の建物が異様に大きい一方、人口20万人以上の都市にしては閑散としていて、昼食のお店を探すのもひと苦労です。もっとも、少し歩いて見つけたインドカレー屋さんは繁盛していてとても美味しく、太田へ来た当初の目的を忘れるほどでした。

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昼食を食べ終わりお店を出て、太田市立美術館・図書館に向かいます。昨年4月のオープン以来、数多の建築関係者から賞賛され、あるいは批判も含めた議論の対象として取り上げられることも多い公共施設。ぼくの大学の同級生のひとりは、フェイスブックの投稿と直接の会話で大いに褒めていて、たしか2時間も滞在してしまったと語っていました。それでも、あと徒歩一分ほどの前方に迫った今も、まだ猜疑心があります。たしかに複雑な建物の造形とテラスや緑が一体となった外観は地方都市の弛緩した駅前にそこだけ生彩が加えられたようで魅力的だし、地元の人たちで賑わっていることも見てとれるのですが、直径30メートル程度の決して大きくない施設を見て回るのに2時間もかかるのだろうかと。しかし、徐々に納得がいきました。まず建物の周りをぐるりと一周回ってみると、ガラス越しに図書館のスペースが坂道状に連なっていく様子、そこでくつろぐ人たちの様子が見え、おお、いい建物そうだ。そして再びエントランスまで戻って中に入り、中央のホールの辻のような場所まで来て、四方八方に人が行き交う光景を見るにいたって、2時間は妥当かな、と思うようになりました。

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美術館部分は残念ながら5月の連休から始まる企画展に向けた展示入れ替えのため閉まっていたので、図書館やテラス、カフェを巡ります。ゆったりした幅の散策路が坂道状や階段状にリズミカルに変化しながら建物の外周部を周り、また中央で交差したりしながら、少しずつ上昇してゆくような空間。その道沿いに本棚や家具が配置され、雑誌のコーナー、絵本のコーナーなどにあてがわれています。さらに建物は全周がガラスで、内部を吹き抜けが縦横無尽にはしっているため、自然光が行き届いて明るく、思わぬところで思わぬ開放感が生まれていたりもします。掛け値なしに、自然の丘陵や街を歩くような体験です。建築の構成としては、展示室などの「ボックス」に「リム(スロープ)」が巻きつく形式によってこの空間が実現されているのですが、不思議と、設計者のコンセプトの中を歩かされているような窮屈な感覚はありません。さらに、壁のコンクリートや天井のデッキプレートのおおざっぱな表現が、となりの鉄道の土木的な要素との親和性も醸しだしていて、各コーナーの親密なインテリアの雰囲気との組み合わせが面白い。カーブミラーを利用した案内サインや、建設途中の写真をプリントしたクッションも遊び心があって新鮮。ただ、ひとつ気になったのは西日です。設計中に議論されたのだとは思いますが、夏日の今日、西側のエリアは日光が多く入ってきてやや暑い。とはいえ、変化に富んだこの建物では、日除けの大きな幕や装置を付けても、違和感がなさそうです。それに、オレはその日のコンディションに左右されずに客観的に公平に建築の本質を見ているぜ、と思い込みたい身としては、この季節にしてはいやに高い27度の気温のおかげで建築の印象が春の補正を受け過ぎずにすんだことを喜ぶべきかもしれません。

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混み具合は、席の全体の半分が埋まっているくらい。子供連れの家族、中高生、お年寄りまで様々な人たちがいます。屋上のテラスまで登り切ってから1階に降りて、一巡が完了。それから雑誌コーナーに戻ってみると、視界の端から小さな女の子が「見つけたー」と声をあげてこちらの方向へ駆けよってくる姿が。すると、ぼくの隣に座って雑誌を読んでいたお父さんらしき男性―キャップを後ろ向きにかぶり、ヒゲに薄いサングラスといういでたちで、高卒で鳶職についた小学校時代の友達を思い出させる―が、「そっちからも来れるんだ」と応えて女の子を迎えます。そのやりとりはなんのこともない些細なものでしたが、この建築を象徴しているようにも思えました。つまり、女の子は道をそぞろ歩く楽しさを、お父さんは落ち着ける場所がある安心感を、それぞれ体現しているよう。

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さて今度は、太田市立美術館・図書館が掲載されている『新建築』(2017年5月号)を手にとって、読むことにしました。今や椅子はどこも一杯だったので、2階から3階に続く階段を兼ねた読書エリアに座ることに。ここなら空いていて、まだ誰もいません。階段の途中に何個か置かれていたクッションをひとつ借りて背中と階段のけあげの間に挟むと、ちょうど良いあんばいの姿勢です。そうして設計者の平田晃久さんのテキストなどを読むと、太田市立美術館・図書館の設計プロセスでは、五か月の基本設計の期間中に五回のワークショップを同時並行で進め、その都度出た意見を取り入れながらプランニングを調整していったとのこと(一方、構成の純粋さが壊れることはよしとする由。コンセプトの中を歩かされている感覚が希薄だったことの理由はこのあたりにありそうです。)その経験から平田さんは、「多数の個を巻き込んで建築をつくる」ことの可能性へと論を展開させていきます。また、平田さんがこれまで追求してきた生物や生態系のアナロジーを建築の設計に活かす方法論は、建物の形態よりもむしろ、設計のプロセスや各個人の役割と関係のとらえかたに対して適用されるべきではないだろうか、とも。この主張は、設計者のはしくれなのに、かなしいかな、たとえば海や植物などをモチーフにしたという装飾や仕上げのデザインに引用元の自然を強く感じるほどにはなかなか想像力が豊かではない自分にとっては、少しく勇気づけられるものでした。建築家の言葉を真に受けることほどおめでたいことはないにしてもです。ちなみに、翌月号の平田さん、乾久美子さん、青木淳さんの鼎談形式のページも興味深い内容です。話題はこの建物の太田のまちづくりにおける位置づけ、公共施設の潮流、設計料のシステム、など。

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そうしてぼくが『新建築』をふむふむと読んでいるのと前後して、若い男女が小声で話しをしながら階段を登ってきます。美味しいカレーを食べにこの街に来たついでに、とたまたま図書館に立ち寄ったのかもしれません。やがて女性が一冊の本を壁ぎわの棚から取り出し、階段に腰かけて熱心に読みはじめました。ハードカバーの表紙に『ディズニーリゾートの経済学』との題が見えます。男性もしばらく別のところへ行ってから戻ってきて、女性の何段か上に座って本を読みはじめました。こうしてぼくを含めて三人が階段エリアに、いわゆる居場所―それはもちろん、ラテやフラペチーノに数百円を支払わずとも得られる場所―を見つけて座っていました。後から振り返ると、ぼくたちはこの建物が平田さんの唱える「からまりしろ」―何かがからまる余地をもったもの―としての建築であると、はからずも例証していたのだという気がします。人が階段に、階段が建築にからまる、といった関係です。もっとも、夢の国を支える仕組みを理解するべく本に見入っている女性に対して、どちらかというと彼女に付き合わされて時間をつぶしているふうの連れの男性が気の毒ではありましたが。女性がクッションをひざのうえに乗せて本を置く台のようにしている一方、男性のほうは気もそぞろで、読書の集中力を高める体勢を色々と試す気もなさそうです。

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最後に1階のカフェの席についてアイスコーヒーを注文し、この文章のためのメモを書いてゆく作業をしました。考えや思いつき、印象などが断片的で、まとめるのが大変です。どうにか一応書き出してから息をつき、この建物を見に来るきっかけのひとつとなった友人の投稿を思い出し、見返してみました(フェイスブックについてはまた批判的に書く機会があるかもしれませんが、それはさておき)。いわく、

「野山を歩いているような、時にかすかで、時に崖のような床の勾配。(中略)濃密な空間に、気づけば3時間。いい建築でした。」

…アレ、3時間? ぼくが2時間と思っていたのは、単なる勘違いだったようです。飲み終わったグラスをカウンターに返却して外へ出ると、建物に入ってから2時間半近くが経っていました。なるほど、美術館が開いていれば、これがやはり3時間になるのだろうな。そう思いました。

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駅のホームへのエスカレーターを上がって帰りの特急に乗りこむと、防音壁のすぐ向こうに太田市美術館・図書館があります。そして、カフェの屋外席に座るお客さんたちが見下ろせ、屋上のテラスで談笑する高校生たちが見上げられます。最後まで去りがたい、いい建築でした。