My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

丘の上のCCRC / 桜美林ガーデンヒルズ

建築の設計を職業にしていると、身につけるべき知識やスキルには際限がなく、また、職能をとりまく社会状況もたえず変化している。CCRCという言葉も、最近初めて知った。これは

”Continuing Care Retirement Community”

の略。いわく、高齢者が元気なうちに移り住み、介護が必要になっても継続的な生活を送ることのできる高齢者コミュニティのことで、住まいはもとより、医療、介護、生活サービス、地域社会とのつながりや趣味活動、就労まで一体的に提供される「高齢者を主役としたまちづくり」でもある(『月刊シニアビジネスマーケット』より)。

今回の探訪先の「桜美林ガーデンヒルズ」は、そんなCCRCの好事例のひとつ。桜美林大学の子会社であるナルドを事業主体とした、高齢者、学生、ファミリー、地域住民のコミュニティ拠点となることを目指した施設で、なおかつ、入居する学生たちが通う大学との連携も図る「カレッジリンク」型のプロジェクトでもあるという。『新建築』2018年2月の集合住宅特集号に掲載されているのが目に留まり、実際に見に行ってみたくなった。場所は東京都町田市、設計は瀬戸建似+近藤創順/プラスニューオフィス。

季節は梅雨のまっただなか。予報によると土日の天気がぐずつきそうだったので、思い切って平日のうちに行ってしまうことにした。現地は、予想以上に遠かった。晴れと曇りがたえずせめぎあっているようなある日、15時半くらいに会社を出たのだが、現地に着くのに2時間くらいかかった。小田急線で町田駅まで向かい、バスに乗り換えるも、午後遅い時間ならではの渋滞にまきこまれ、町田街道をえっちら、おっちら、、、赤信号で5分くらい進めなかった交差点もあった。日頃の都心部での生活で慣れているスピード感が、意外なところで相対化されたような感覚だった。

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17時過ぎ、最寄りのバス停に着いた。蒸し暑い大気のもとをさらに歩いて10分、桜並木と急坂の道路をぐいっと登った丘の上に、木材の柱型と住戸の窓が規則的に並んだ低層の建物群が見えてきた。これが「桜美林ガーデンヒルズ」。坂道を登りきり、来た方角を振り返ると、道路を挟んだ近景には窪地に芝生や木々が茂り大雨時の貯水池としての役割も持つ小山馬場谷戸公園が、中景には相模原の街のビル群の眺望が広がる。そしてはるか遠くには、奥ゆかしげに雲がかかった丹沢山系の山々までが望める。見晴らし良好の、実に特権的なロケーションだ。さらに施設の敷地の奥側には多摩丘陵の尾根緑道が横切り、その道を横切った先の高台は桜美林大学野球場になっていて、打球の乾いた音や掛け声が聞こえてくる。

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周辺環境の説明が長くなったが、敷地に入ろう。入り口には、施設案内の大きな広告幕や「さくらレストラン」のメニューとともに、関係者以外通り抜け禁止の表示があった。一言の注意書きを出しておかなければ誰でも抵抗なく気軽に入っていけるくらいの雰囲気が、空間の健全さという観点からはちょうどよい。僕は施設関係者ではないが、レストランで休憩するという公明正大な口実を自分に与えて、敷地の中に入ってみる。前述のように南西側に開けた丘陵地の横長の7000㎡弱の土地に、6棟の建物が建ち並んでいるのが桜美林ガーデンヒルズの全容だ。6棟とは以下のとおり。

サービス付き高齢者向け住宅棟2棟

学生寮

・ファミリー向け住宅棟、 およびデイサービス

・交流棟

・コミュニティレストラン

建築基準法上の扱いとしては一団地認定を取得し、一敷地にこれらの異なる建物が共存している。そして、敷地中央を長手方向に幅の広い道路「コミュニティストリート」が突き抜けていて、施設の車や宅配車が出入りしている。この開放的な道と建物の配置は、運営面・ソフト面の独自性と、建物配置のハード面の双方によるものか。ありそうでない雰囲気かもしれない、と感じた。

さすがに住棟の内部にまでは立ち入れないが、建物の表情はスギ板で覆われた柱型(構造ではなく配管カバーではあるが)のリズムが小気味良く、まだ真新しい花壇や植栽は手入れが行き届いている印象。各住宅棟の外観デザインは基本的に柱型と水平の小庇で分割された壁面に窓が並ぶというパターンで統一されていて、外壁の色で微妙に変化をつけているようだ。施設全体としての一体感と、各住宅棟の、しかも入居者の属性がはっきり異なることがあらかじめ想定されていることによる独立性のバランスとして、このあたりが落としどころだったという感じを受けた。

訪問時間帯のためか、場所全体から生活感は感じるが、あまり人の姿は見かけなかった。毎週恒例のイベントか何かで学生と高齢者が交流している場面にでも出くわせれば理想だったけれど、そこまで都合よくはいかず、学生の姿自体見かけなかった。なので、カレッジリンク型CCRCの謳う多世代のコミュニティ形成がどのようにはたらいているかは、短時間の訪問では分からなかった。

蒸し蒸しする気候にほとほと参って、逃げ込むようにしてさくらレストランに入る。四角い住宅棟が並ぶ敷地の中央、コミュニティストリートに面して、片流れの屋根と赤い外壁がアクセントと求心性をもたらしている平屋建ての建物である。内部は木造の屋根組みの架構がそのまま現され、ストリートに対してガラス張りになっている広々としたつくり。明るい国民性の外国にでも来たのかと思わせてくれるような愛想のよいスタッフのおばさんがエアコンのよく効いた席に案内してくれ、ジンジャエールを注文する。周りの席には5組ほどの高齢者の方々が夕食をとっている。ふむふむ、CCRCは、高齢者が元気なうちに移り住むコミュニティなのだった、と膝を打った。ここが介護度の低い高齢者の生活の場であることを実感させてくれるような、生彩のある表情で食事されている。僕の席から前方に見えるご夫婦は、席に着くやいなや、運ばれてきたジョッキのビールで乾杯していた。レストラン空間に流れるBGMもアップテンポな曲だった。

先ほど、多世代の間での交流がどの程度行われているかは分からなかったと書いたけれど、なにもメディア映りの良い(たとえば、おばあちゃんの秘伝のレシピを学生が教わるみたいな)、分かりやすい交流ばかりでなくともよいのではないかと、レストランでの高齢者やスタッフの方々の姿やふるまいを眺めながら考えるようになった。日常生活の断片が互いの視野の片隅に入るような関係性や距離感が保たれているだけでも、実は大きなことなのではないかと。そうした関係を保証する要素のひとつが、一見すると地味でたいていの人の意識にすくいとられないような、建築のスケールや素材や動線や視線の設計なのだろう。

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日も暮れかけ、町田街道のバス停まで坂道を下りてくると、遠くで雷がゴロゴロと響き出した不穏な空模様もあり、なにやら下界に戻ってきたような錯覚におちいった。ただ、こうした対立構図に街のエリアを当てはめることには慎重になったほうがいいという気がする。桜美林ガーデンヒルズの設計においては、高台と低地の格差のイメージが露骨な図式として強化されることのなきよう、外観をはじめ主張しすぎないデザインとする配慮もあったのかもしれない。