My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

鈍色のヨーロッパ / ウラジオストク

仕事の忙しさが続いていて、7月は更新することができなかった。休日出勤に出ることも多く、その分、建物を見に出かけるのも文章を書くのもスケジュールの外側に追い出される格好となった。ただ8月の9~12日は、暦の三連休にその休日出勤の振替休日を加えて四連休をつくり、ロシアはウラジオストクに3泊4日の旅行に行ってきた。地図を見てもらえればわかるが、ウラジオストクは日本からとても近く、成田からたった2時間強のフライトで着ける。「感動なんだけど」「台湾より近かったね」という機内の一列後ろの席から聞こえてくる女性二人組の感嘆に共感しながら、金曜日の夕方、ロシアに初上陸した。

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空港からタクシーに50分ほど乗り、宿に直行。到着日は近所を少しぶらついて初めての国と街に身体をなじませることを心がけた。翌朝から街歩きのスタートである。ウラジオストクは人口60万人ほどの中規模の都市で、中心部はそう広くない範囲におさまっている。それでも湾に面した、かなり起伏の激しい坂の多い街であり、歩くのに体力を使うが景色は変化に富んでいる。東西にのびるメインストリートのスヴェトランスカヤ通りを市街地に近づくにつれて人通りも増えてきて、地元の人たちや観光客(韓国人と中国人が多く、まれに日本人も)が往来している。排気ガスが濃いめに感じもする大通りを右折して坂道を少し登って左を向くと、海辺に向かって緩やかに下る歩行者専用の通り、通称「噴水通り」に出る。この噴水通り、中央に噴水やベンチが並び、道の両側には2階建てくらいの低層のお店が軒を連ねている。その合間にはカメラを構える観光客や、ベンチで談笑する地元の人たち。歩く速度も自然と緩まっている。噴水や街路樹の間を縫うように通りを下っていくと、じきに海辺の遊歩道に出る。遊歩道は左右の海沿いに続いてゆき、周囲には公園、水族館、サッカースタジアムなどが集中していて、子供達の姿も多い。街の方を振り返ると、かなりの高低差なのだろう、建物が這うよう生えているいくつもの丘がそびえるさまが見上げられる。そして、噴水のしぶきや海の水面の穏やかに揺らめく光の粒が、いくつもの方向から街を貫き、包む……そんな光景が見られたのだろう、晴れていればきっと……

そう、3泊4日の旅程は、残念無念、悪天候に負けたかたちとなった。長袖の羽織りが活躍するほどの涼しさは避暑として結構だったが、いかんせん、滞在期間中ずっと重苦しい曇天、ときおり霧雨。そんな我慢比べを強いてくるような空模様で、陽はまったく出なかった。港街の水のきらめきも、観光名所である丘の上の「鷲の巣展望台」からの絶景も、その輝きを封印されてしまっているかのようだった。それも、ほとんど完封に近いぐあいで。仕方なくカフェや宿のこぢんまりとした空間でゆっくりと時間が過ぎるのを待つことの多い旅となった。

また、ウラジオストクは「日本から一番近いヨーロッパ」が観光の売り文句なのだが、都市建築の多くはコンクリートにペンキ塗り。何をもってヨーロッパとするかは常に微妙な問題ではあるものの、街並みに石造りのオーセンティックな佇まいを多少なりとも求めていた事前の期待は修正する必要ありと感じた。あるいは、3日目の日曜日の昼のこと。壮大な軍艦の並ぶ薄曇りの岸辺を歩いていると、正午を告げるけたたましい号砲に驚かされた。これも、カラッとした空気に教会や市庁舎の鐘の音が朗々と響くひとときに最も強くヨーロッパにいる実感を抱く自分としては、観光ビジネスのブランディングと現地での経験の乖離を感じる印象的な出来事だった。でも、それとて主観の範疇を出ず、広告と現実のどちらかに目くじらを立てるつもりはない。

都市インフラについても、昨年訪れたコペンハーゲンの比類ない成熟度などと比べてしまうと、この極東の都市はまだまだ未発達だった。公共交通機関は廉価であるものの、清潔さや分かりやすさの点でハードルが高い。何しろロシア語は馴染みがなく、お手上げだ。流しのタクシーを拾うことも難しい。ただ、現地での足については自分の予習不足だった面も大きく、タクシー配車サービスアプリのMaxim(マクシム)を事前にインストールしておくのが正解だった。ウラジオストクUberのようなこれは、英語にも対応しており、使わない手はないほど便利だという。僕は初日の散策が終わってから泥縄式にインストールしたものの、時すでに遅し。入国時にSIMを購入しておらず、つまりロシアでの電話番号がないためか、ログインできなかった。結果、タクシーを呼び出したいたびに宿のホストのミレーナに連絡して、代理で呼んでもらうことに。

White Prius 840. In 3 minutes.

I got the taxi. Thanks!

といった短いメッセージが飛び交うことになった。そんなこんなで苦労したが、偶然ながら僕の翌週に夫婦でウラジオストクに旅行することになっていた友人にMaximを強く勧めたところ、「使いこなして移動も快適」と現地から連絡が届いたので、自分の経験も他人のために役立ったようで安堵した。

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街の人々について。外国人観光客である自分が接した限りでは、英語力に対応するかのように先述のミレーナはじめ若い人たちは比較的フレンドリー、中年以上の人たちはむっつりとした感じを受けた(単にシャイなだけなのかもしれない)。余談だが、ロシアに対してはドストエフスキーの『罪と罰』の印象があまりにも強く、街で見かけたおばあさんがことごとく貧乏学生に惨殺されそうに見えたのは申し訳ない限りであった。

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繰り返しになるが天気が悪く、旅行中にテンションが上がるようなことは少なかった。そんなわけで写真もほとんど撮っておらず、自分にとってウラジオストクのイメージは鈍色の空を背景にぼんやりとかすんでいる。それでも、東京からの距離でいえば北海道や九州と大差のない近所にそれまで自分に馴染みのなかった異国の存在を肌で感じたことは、これからじんわりと効いてくる気がする。