My Architecture Report

建築探訪エッセイ。だいたい月一回更新。

逆さ富士、「やられた感」 / 静岡県富士山世界遺産センター

静岡県富士山世界遺産センターには、苦い思い出がある。2014年はじめに開かれたプロポーザルコンペにうちの会社も若手主体のチームで応募し、僕も担当していたが、一次審査を通過することはできなかった。社内のミーティングで、自分は敷地から富士山に向かって大階段をつくり、その象徴的な空間を中心に展示室を配置していくという案を出し、先輩の「日本的な空間を次々と巡っていく」という案とチーム内で競い合う形となったが、結局負け、自分の提案はその一部に取り込まれる形となった。今振り返っても、もっと強く自分の案を主張していればよかったと反省が残っている。

しかし、いずれにせよ、一等となった坂茂さんの案のインパクトにはかなわない。まさかの逆さ富士の形態!当選案が発表となり、ネットの小さな画面でイメージパースを見た瞬間、「富士山そうきたか」とうならされた。加えて、実はこのコンペ、要項の中に「直径17メートルの巨大な富士山のジオラマを展示する」とあったため、これを納める大きな空間の配置がどうしても建物全体の構成に対する大きな制約となり、僕たちは頭を悩ませ続けた。ところが坂さんの当選案にはジオラマを置くスペースなどなく、逆さ富士内部のスロープを登り降りする擬似登山が主要な「展示」だという。見事な拡大解釈…すがすがしいほどにシテヤラレタ。同じように思った敗者は多かったのではないだろうか。僕も結果発表のサイトをチームのメンバーに知らせるメールの中で、「坂さんの案にはジオラマがありません。ご確認よろしくお願いします」と書いたのを覚えている。なお、又聞きだが、審査のプレゼンの場でジオラマ置き場について質問をうけた坂さんは、「エントランスホールにでも置きましょうか」と適当に答えていたとか、いないとか。

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前置きが長くなったが、そんな「静岡県富士山世界遺産センター」に先日行ってきた。場所は静岡県富士宮市である。土曜日の朝、新幹線ひかりの自由席には座れず通路に立つこととなったが、あっという間に三島に着いた。静岡県に入っても、曇っていて富士山は見えない。東海道線富士駅へ、さらに身延線に乗り換えて10時40分頃に富士宮駅に到着。敷地までは駅から歩いて10分ほどの道のりだ。コンペで敷地を見学に来てから早や5年。鉄道の高架やイオンモールがでんと居座る風景が記憶の隅から呼び戻される。ほどなくして富士山世界遺産センターに着く。木組みで覆われた逆さ富士の外観は、雑誌やネットなどあらゆるメディアで何度も見て意識に刷り込まれていたのか、妙な既視感があった。しかし、5年前にはほとんど誰も思い描けなかった光景でもある。逆さ富士は底が円形で頂部が楕円形という単純でない形状をしていて、そのなだらかさや、木組みの間隔が上部にいくにつれ広がっていく変化が美しい。前面の水盤もシンプルで潔い。元々敷地に立っていた鳥居も、生まれ変わったかのように堂々としているように見える。

入館料は300円。エントランス付近を一瞥してから、早速スロープの展示室に入る(もちろん、直径17メートルのジオラマなどありゃしない)。午前中だからかそれほど混雑しておらず、家族づれや外国人などが歩いている。腕組みをして天井を見上げたりしている男性は建築関係者に間違いなさそう。案の定、スロープとその外側をつなぐブリッジの足元を指して、「これエキスパンションですかね」などと仲間の二人に話していた。スロープを登りきると富士山に向けて引き戸が全開された展望スペースに出るが、あいにく雲がかかっていて富士山は見えず、あのへんかな、と思い巡らすのみ。引き返して今度はスロープを下っていく。しかしながらこのスロープ展示室、建築の構造的には面白いけれど、いかんせんプロジェクターの光がチカチカとまぶしいし、映像展示ばかりで目が疲れる。また、目が回りもする。「スクリーンばかりでよくわからん」と、いかにも歯に衣着せなさそうな中年の女性のお客さんたちがぼやいていた。僕も展示については漫然と眺めるにとどまってしまった。ちなみに、直接比較するものでもないと思うが、東京オペラシティで開催されていた石川直樹さん展覧会での富士山のコーナーのほうが、一人の人間の実感に結びついた富士山ならではの迫力を感じた。もっとも、こうして批判めいたことを言いたくなるのも、結局は坂さんの建築への「やられた感」が非常に強いから、その負け惜しみの一部なのだろう。

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館内を一通りまわり、12時過ぎに外に出ると空がうっすらと晴れはじめているので、再度建物外観の写真を撮影する。それから敷地の前を流れる神田川沿いをさかのぼって富士山本宮浅間大社のほうへ向かい、商店街わきの広場で富士宮焼きそばの昼食をとる。塩とソースのハーフ&ハーフの大盛りで600円。

食べ終わり、浅間大社の参道に入る。気温も暖かくなり、桜は三分咲きといったところか。楼門の前で、小学生くらいの姉妹と両親の家族から写真撮影を頼まれる。妹さんは僕の提げている使い古したオレンジ色のフライターグを見て「かっこいいバッグ」と言ってくれた。素直な子なのか、はたまた子供をダシに使って写真を頼む親の作戦なのかは分からない。楼門を抜けた先、回廊に囲まれた境内に入ると、国の重要文化財にも指定されているらしい浅間造り(二重楼閣造り)という本殿および手前の幣殿・拝殿は丹塗りで風格があり、そのわきの桜の木が風になびいて華やかである。同時に、地面に敷きつめられた玉砂利の粒は大きめで、不思議な貫禄や重厚感で境内の空気を引き締めている。

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浅間大社に隣接した神田川沿いの公園空間もよく整備されていて、道路を挟んだ向かいには新しいブルワリーもオープンしている。5年前はこんなに魅力的な雰囲気だっただろうか、と素朴に思った。季節や天候のため印象が良くなっているのか、あるいは今回は休日で、敷地見学という仕事のプレッシャーなしに歩き回れるからか。ともかく、商店街、神田川浅間大社との関係の中でとらえてみれば、ややもするとアイコニックすぎる(インスタ映えしすぎる?)と批判される富士山世界遺産センターも、街の空間の連続性における一大ハイライトとしての重要性をそなえていることを再認識させられる。

今回の富士宮滞在はここまで。だが、さらに富士山の方へむかって北に行くと、世界遺産の構成資産である白糸の滝や、千葉学さんの設計による「日本盲導犬総合センター」もある。次回は富士山がくっきり望める日時をねらってまた訪れたい富士宮であった。